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2008年4月15日 (火)

2007年2月5日 (月) コリアデルリオ

De Jap・ a Roma pasando por Coria 1614-1620
V・tor Valencia Jap・

<< Mi・coles 23 de octubre de 1614 a・s entr・en Sevilla el embaxador Japon Faxera Recuremon, embiado de Joate Masamune, rey de Boju. Tra・ treinta hombres japones con cuchillas, con su capit・ de la guardia, y doce flecheros y alabarderos con lan・s pintadas y sus cuchillas de abara. El capit・ era christiano y se llamaba don Thomas, y era hijo de un m・tyr Jap・. Ven・ a dar la obediencia a Su Santidad por su rey y reyno, que se av・ baptizado. Todos tra・n rosarios al cuello; y ・ ven・ a recibir el baptismo de mano de Su Santidad. Ven・ en su compa骰a fray Luis Sotelo, natural de Sevilla, religioso de San Francisco recoleto.

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2007年2月4日 (日)「小泉官邸の真実」①

田原総一郎編集の雑誌「オフレコ」の特集号。
小泉官邸の筆頭秘書官飯島勲との対談。禿頭で太った体躯は、かの許永中を彷彿とさせるいでたちである。なるほど、オーラーを発し、怖さをかもし出す身体の表現をしているようだ。それはともかくとして、いくつか面白い話もあったが、違和感の一つは、佐野真一が先鞭をつけた小泉のレポでも示された姉の信子と飯島との関係、信子の存在の意味などをうかがわせる発言が全くなかったことだ。聞き取り役の田原も全くそれを聞くことはなかった。飯島が小泉の秘書に入るに当たって、前の雇い主でもあり紹介者でもある特許事務所所長に言われて小泉のところに出向くわけだが、そこで、来てくれと電話をしてきたのが信子だったのだ。まだ落選中で福田の書生だった小泉を庇護していて飯島を秘書として採用するかどうかの決定も下したのが信子であったというのに、その信子の存在は会話ではこの採用時の一回だけなのだ。まか不思議とでも言うべきであろう。飯島はそれから小泉に実際に会うまでは半年のタイムラグがある。もしそのタイムラグが真実として、それからの小泉と飯島との関係を考えるとあるいは、信子と飯島の信頼関係が始めに形成され、そしてそのチームワークが政治家小泉を作り出して言ったということが出来るのかもしれない。
なるほど、小泉劇場なるものの黒子を飯島はチーム小泉と幾度と無く言うのは、その二人を柱にしたチームであると暗に言っているようにも聞こえる。
少々興味を持ったのは、地元への利益誘導は飯島がせっせとこなし、小泉はそれをあまりしなかったということだ。それは本当なのかどうかは知りたいところだが、本当として、小泉は地元を跳び越して全国区として訴えるというところに力点を置いた政治家として成長したということらしい。それが、世論で自民党員を包囲して取り込み、さらには国会議員を取り込むという新しい総裁選を3度にわたって戦い首相の座を射止めたことにつながる、とでも言いたげだ。でもその総裁選の方式は真実であり、だからこそ、派閥の意向に囚われない独裁的な執政を断行できたのであった。
とすれば、最大派閥に成長してしまった森派をバックに他派閥の合意を取り付けて総裁についたアベは、成り立ちからその専攻は望むべくもなかったのかもしれない。

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2007年1月30日 (火)バスクのモンドラゴン

バスクのモンドラゴンとはスペイン・バスクの労働者協同組合が発生した町である。組合の出資金は結構な額であり、70万円から100万円である。決定は一人一票であり、出資金の額には規定されない。この組合が注目されたのは、スペインがEUへの経済統合される寸前の95年であった。組合がそれから10年後、国際資本との競合の中でどのように変化しているのかが注目される。
ちなみに、これにいち早く注目したのは、中西3兄弟の一人で前労働者協同組合理事長の中西五州であった

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